angoudama’s blog

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アンゴウ・ダマⅡ世は「47万アクセス」というワードを記事タイトルに入れたことを反省しているようです

どうも、アンゴウ・ダマです。

お昼頃に投稿したこちらの記事

 

angoudama.hatenablog.com

 

11人ぐらいの人に読んで頂けたようだ。

 

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しかしながら記事を最後まで読まれたのかどうかは定かではない。

もしかすると途中で「タイトルで釣りやがったな」と思い、早々にブラウザバックした人もいるであろう。

(※一応Google アナリティクス を導入しているのだが、勉強中のため詳しい見方が良

  く分かっていない。記事のどの辺りまで読まれている、とか分かるようになるのだ

  ろうか)

 

 

・アクセス数という魔のキーワード

それでは本題に入る。

アクセス数というワードをブログのタイトルに入れたのは、何だか負けたような気がする。

自分で実際に稼いだアクセス数であれば問題ないのだろうが、獲得してもいないアクセス数を語るのは良くない。

 

でもオメェー、またブログタイトルに「47万アクセス」って入ってっぞ

 

と言われると返す言葉がない。気が付いたらブログタイトルに入れてたし、「47万アクセス」って入れないと記事の内容が伝わりにくいので勘弁してほしい。

ただし、今後は、稼いでもいないアクセス数をブログタイトルに入れはしない……と思う……(誘惑に負けたらごめんね)

 

 

・アンゴウ・ダマⅡ世はタイトルを決めることの難しさを知ったようです

でも実際、

「タイトルにどのような言葉を入れるかによって、人が注目しくれるかどうかが変わる」とは思った。

考えてみれば当たり前のことかもしれないが、ブログを始めないと気が付かなかったことかもしれない。

 

・アンゴウ・ダマⅡ世は思い出したことがあるようです

いや待て。よくよく考えれば過去にも同じような経験をしたことがある。

突拍子もない昔話だが、私は大学生時代に映画部に所属していた。そこで日夜、脚本を書いていたわけだが、タイトルの重要性に気が付いたことがある。

 

と言うのも、映画を作るのには一人では不可能……ではないが、1人より人は大勢いたほうが良い。

で、実際に「こういう映画を撮りたいんですぅ……」と部員に声を掛けていくわけだが、私はこの時に自分の書いた脚本を見せていた。

(※他の大学の映画部では企画書を作り、企画会議なるものがあるらしい)

 

私が脚本を見せた際の相手の反応パターンは大体2通り。

 

1 嫌々読む、もしくは渋々読む

                              or

2 「あとで読むわ」と脚本をその辺に投げて、数日たってもそのまま

 

言っておくが、

私がハブられていたとか、イジメにあっていたとか、そういう話ではない。

ここで言いたいのは「人の書いた文章を読むのは、かなりの気力がいる」ということである。

 

・人の文章はを読むのは案外しんどい

そりゃあもちろん、友人が初めて書いた小説だとか、知人が趣味で始めたブログであれば興味本位で読んだりするだろう。

だが私が脚本を読ませようとしていた相手は映画の脚本を見慣れている映画部員、なのである。

そんな映画部員達に

「脚本に対して興味を持ってもらい、読ませるためのきっかけとなるのは何か」と考えると、

やはり、一番最初に目につく「タイトル」が大切になってくるのだ。

 

 

・これは何か、という疑問を持たせる

私の捉え間違いでなければ

「部員が脚本に興味を持ってくれるタイトルを付けることで頭を悩ませた」のと、

「多くの読者に記事と呼んでもらうためにタイトルを気に掛ける」のは同じ問題ではないだろうか、と考える。

であればブログ記事のタイトル付けは大切であるし、

もしかすると「脚本のように内容をかいつまんで魅力を伝えることができないと分、ブログ記事のタイトル付けの方がより難しい」

のかもしれない。

 

 

・だからと言って直ぐに実践できるはずもなく

記事タイトルについて色々と書いてきたわけだが、結局のところこの記事のタイトルは

「アンゴウ・ダマⅡ世は「47万アクセス」というワードをブログタイトルに入れたことを反省しているようです」

と相成った。

やはり、そう簡単にはいきそうにない。