angoudama’s blog

兼業でライターをやっています。本業は自宅警備兵です。

JKの制服が拝めるのは岡山県のおかげかもしれない

こんばんは、アンゴウ・ダマである。

 

今日のお題 学生制服の生産文化について

 

そろそろ地域色を出した記事でも書こうかと思う。

ブログとTwitterのプロィールには「移住や地域創世を書くかもしれません」と書いてあるのに地域色がある記事がZEROというのは由々しき事態である。

 

だから書こう。さあ書くぞ、今回は岡山県の特産品「学校制服」についてのお話だ。

  

 

・一周回っても皆知らない話

本当に岡山って制服が特産なの?えーだって大都会()岡山なんでしょ?プークスクス。

こらこら、岡山県をあまり馬鹿にしてはならない。全国の小・中・高から制服が消滅してしてしまうぞ。

 

で、実際のところどれだけ学校制服を生産しているのかというと、全国で発売されている制服の約7割が岡山県で作られている。

さあ、全国の小・中・高の生徒諸君、岡山県を褒め称えよ。

てか褒めてもらわないと岡山県の人々ですら忘れてしまう事実である。

さらに言うなら、制服の産地であることを岡山県民の大半は知らない。

昔から繊維産業に支えられてきた土地だというのに!!

 

・なぜ学生制服の生産量が多いのか

さて、「なぜ岡山県は制服の生産が盛んなのか」という疑問を無理やり突きつけたいと思う。問題提起ダイジ。

まあ簡単に言ってしまえば「綿栽培が盛んであったから」、という一言で終わってしまうのだがそれではつまらない。

「綿栽培が盛んであった」よりも、もっと奥深く、「なぜ綿栽培が盛んになったのか」という問題まで突っ込むことにしよう。

 

倉敷という街がありましたとさ

この問題を紐解くカギは「倉敷*1」という街にある。この街は江戸時代の頃より……かしこまって説明しようと思っていたが正直疲れてきたので、もう昔話風に説明しよう。

 

むか~し、むかし。この「倉敷」という土地は大小さまざまな島の浮かぶ「浅海」でした。

今は地面でも江戸時代の頃は海の底、なんて場所もあったそうな。

この「倉敷」では宇喜多秀家*2が始めた干拓*3が江戸時代以降も続き、いまの「倉敷」のような形になっていったそうな。

 

町人A「どんどん干拓して、耕地にしてしまおう。金になる金になる」

 

町人B「ああそうだ、ついでに何か育ててみよう。金になるものがいい。全財産突っ込むぞ!」

 

その後、町人Bは大地主や豪商として財をなすことはなく破産して路頭に迷いましたとさ。(実際にはこんな町人は居なかったはずです。分かりやすさ優先です)

 

干拓して出来た土地は農業に向かない

もともと海であった場所を干拓した場合、直ぐには食物を植えることは出来ない。なぜなら土に含まれている塩分濃度が高すぎるため食物などロクに育たないのである。

そのため干拓して出来た土地の活用方法は主に2つ。

 

1 塩田*4にして塩を作る

 

2 綿花を育て綿を作る

 

さて、ここで一つの疑問が浮かび上がると思う。

なぜ綿花を育てるのか、という問題である。

塩田にするのは地理的な要因、そして干拓で出来た土地という背景から理解ができるだろう。だが、塩や海に関係のなさそうな「綿」が登場する、それは何故か。

答えは至って単純、「綿が塩分に強い植物である」という理由だ。

 

・綿の産地として有名となった

そんな理由もあってか綿花は倉敷の名産となり全国的なブランド力*5を手入れたらしい。

それから明治時代になると日本初の民間紡績所が作られ、地域と密着した形で繊維産業が盛んな街として発展していくこととなる。

また、その後に勃発する第一次世界大戦の軍服の需要も繊維産業の発展を手助けしたのではという話も……。

そして時代と共に制服の産業が盛んとなり、生産工場の8割が集まる県になりましたとさ。ちゃん、ちゃん。 

 

こうして繊維産業の系譜は受け継がれ、岡山は制服の産地と相成ったのだ

 

・最近ではこんな取り組みも

ちなみこの記事を書こうと思った理由だが次の記事を読んだからである。

 

www.asahi.com

 

なんとデニム生地の制服が登場すらしい。

これは制服の文化史の中で「全国の変わった制服」というカテゴリーで取り上げられるべき案件である。この後、人々に受け入れられるかはどうかは別)

 

あ、ちなみに岡山はデニムも有名。なんなら俺のファーザーもデニム作ってた。

 

ではでは、今日はこの辺にしよう。

(これ書くのに4時間ぐらいかかりました。歴史モノのブログを書いてる人、尊敬します)

 

*1:岡山県南部に位置し、南には瀬戸内海、東を岡山市と隣接している。瀬戸大橋が掛かる街とか言ったほうが伝わりやすいかもしれない

*2:安土桃山時代の武将で、豊臣権下での五大老の一人。関ケ原で負けてしまうまでは岡山城主であった

*3:浅瀬や干潟を海と遮ってしまい、干上がらせて陸地にしてしまうこと

*4:海水から水分を蒸発させて塩を取り出す場所や施設のことを指す

*5:(砂地で排水が良いことが良質の綿を作る秘訣らしく、特に玉島地区(倉敷)で育てられた綿は「玉島木綿」と呼ばれ全国的な名声を得ていたとか)